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理事長のご挨拶

【 過去の理事長挨拶 】

鎮魂と再生と

 東日本大震災と原発事故が発生してから、丸5年が経ちました。

 今年の3月11日は金曜日で、震災に見舞われた5年前と同じです。金曜日は寿泉堂綜合病院が二次救急病院輪番制の担当病院になっているのですが、5年前のこの日、にわかに暗転し吹雪となった寒空の下、次々と搬入されてくる患者さんに無我夢中で対応したときの記憶が鮮やかに蘇ります。

 夕方近くには、建物の一部が崩落した近隣の病院から42名の入院患者さんが移送されてきましたが、エレベーターが使えないので、職員総出となり非常階段を車椅子ごと病棟まで運び上げました。

 大きな余震の続く中、不安でいっぱいの顔に涙を浮かべ天井を見つめる自分の母親ほどの年齢の患者さんに対して私は、ひたすら「大丈夫ですからね」と根拠もない声かけを繰り返すばかりでした。

 

 この時期になると毎年繰り返される「復興は進んだのか」という問いかけに対し内堀雅雄・福島県知事は、「復興の途上というのが一番素直な思いだ。原発の廃炉や汚染水対策、生活再建、除染に加え、風評・風化という2つの逆風が吹き、10万人近い住民が避難生活を続けている状況は、いまだ『有事』を脱していない」と述べています。被災県の首長として的確な認識であると思います。

 私自身がいま思うのは、ありきたりではあっても、震災から5年という「節目」を無理矢理「区切り」にしてはいけないということ。福島県住民の僻目(ひがめ)かもしれませんが、現政権は、震災・原発事故への対応に引き続き努力を傾けるポーズを取りながら、早く国内景気浮揚と国際競争力向上の対策に軸足を移したくて前のめりになっているように感じます。

 昨年8月、原子力規制委員会の新規制基準に基づく「お墨付き」を得て、川内原発1号機が再び稼働を始めました。これを嚆矢として粛々と原子力政策が推進されようとしていた中、3月9日、まるで5年が「区切り」とされることを阻止しようとするように、大津地裁によって高浜原発3・4号機の運転を差し止める仮処分決定が出されました。この決定は、法解釈論・手続論以前に、レベル7の原子力事故を経験した日本国民として至極まっとうな判断であると思います。

 

 今年2月、私は福島市で開催された「までいの心 音楽祭」というコンサート(主催:音楽による福島まちづくり実行委員会、ミュージック・フロム・ジャパン)に出かけました。

 「までい」とは、「真手(まて)」に語源を持つ福島の方言で、「手間ひま惜しまず」、「ていねいに心をこめて」といった意味です。これは、福島第一原子力発電所から30キロ以上と比較的遠くにありながら、風向きや降雨の影響によって放射線に汚染され全村避難を余儀なくされた飯舘村が、震災以前から村づくりの基本理念としてきた言葉です。

 阿武隈高原に位置する緑豊かな飯舘村の中心部は現在、除染作業による汚染土の「仮々置き場」とされており、膨大な量の黒い袋がどこまでも積み上げられています。政府が5年を区切りとして「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」の避難指示解除の準備を進める中、飯舘村の人たちは早く帰還したいという思いと、高線量の地域が残り営農再開の見通しが立たない村の現実の間で大きく揺れています。この日のコンサートは、そんな飯舘村と福島県の一日も早い復興を願って企画されたものでしたが、ある日突然ふるさとを追われ、今度は期限を区切って帰村の決断を迫られる村の人たちの思いは、いくら想像力を駆使してもその人たちにしかわからないものなのだと思いました。

 

 このコンサートでは、福島市出身の詩人・長田弘さん(読売新聞の「こどもの詩」の選者を長い間務めていましたが、惜しくも昨年5月お亡くなりになりました)作詞、郡山市出身の作曲家・湯浅譲二さん(私の叔父です)作曲の「おやすみなさい」が福島高等学校合唱団によって演奏されました。

 

「おやすみなさい」 長田 弘

 

おやすみなさい 森の木々

おやすみなさい 青い闇

おやすみなさい たましいたち

おやすみなさい 沼の水

おやすみなさい アカガエル

おやすみなさい ヒマワリの花

おやすみなさい ケヤキの木

おやすみなさい キャベツ畑

おやすみなさい 遠くつづく山竝(やまなみ)

おやすみなさい フクロウが啼いている

おやすみなさい 悲しみを知る人

おやすみなさい 子どもたち

おやすみなさい 猫と犬

おやすみなさい 羊を数えて

おやすみなさい 希望を数えて

おやすみなさい 桃畑

おやすみなさい カシオペア

おやすみなさい 天つ風

おやすみなさい 私たちは一人ではない

おやすみなさい 朝(あした)まで

 

 長田さんがこの詩によって差し出したかったのは、「3.11後の安らぎのない眠れない夜に、何より求められるべきよき眠りのための言葉」だったそうです。平易な言葉の繰り返しの中に、鎮魂と再生への願いが見事に織り込まれた長田さんの詩と、(この日の演奏ではないのですが)合唱の演奏をここに紹介させていただきます。どうかいっとき、福島の美しい自然に思いを巡らせてください(動画は素人が公開を前提とせず撮影したものなので、画像のブレなどはご容赦ください)。

 

福島県立安積高等学校合唱部による「おやすみなさい」

https://www.youtube.com/watch?v=tcwj-049n60

 

 この詩を読み、この曲を聴くと、詩人には詩人の、作曲家には作曲家の、復興を後押しするすべがあることがよく理解できます。

 ひるがえって私たちは、医療機関として被災地と被災者のために何ができるのか。それを考えながら、また1年を過ごしていこうと思います。

(2016.3.11 記)

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