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ごあいさつ

理事長のご挨拶

【 過去の理事長挨拶 】

地域の復興のために

 東北地方太平洋沖地震の発生から間もなく1月が経とうとしています。

  

   本震に襲われたとき、私は寿泉堂綜合病院の5階にいましたが、かつて経験したことのない激しい揺れに「これはただごとではない」とは思ったものの、それが未曾有の天災に至り、さらには、文字通り「人災」としか言いようのない原発災害まで引き起こそうとは、想像することすらできませんでした。
   震災による死者数と行方不明者数は今もなお増え続けていますが、福島県の沿岸部では、放射性物質による汚染が捜索や遺体回収作業を遅れさせていることに、大きな怒りと悲しみを抑えることができません。

  

   今回の震災による当法人の被害状況については、3月14日に報告をさせていただきましたが、その後、寿泉堂香久山病院では比較的ダメージの少なかった東側病棟に患者さんを移動しました。寿泉堂松南病院では、近隣の体育館に避難していた約150名の入院患者さんのうち数十人に転院、退院していただいた上で、それ以外の患者さんは、耐震診断の結果使用可能であることが判明した病棟に戻っていただきました。いずれも緊急的な対応ではありますが、患者さん、職員ともにようやく落ち着きを取り戻したところです。
   寿泉堂綜合病院の状況は金澤院長の報告にある通りで、4月6日からは外来診療も通常の体制に戻すことができました。被災後エレベーターの停止や断水などに見舞われながらも、綜合病院が二次救急病院としての機能を維持できたのは、耐震構造の新病院に移転が完了した後の被災となったことに加え、院長の指揮下対策本部が十分に機能したこと、そして医師団はじめ多くの職員が、医療人としての使命感と「患者さん第一」という理念に突き動かされて奮闘してくれたおかげですが、私は、職員一丸となってこの苦難を乗り越えたことによって、新しい病院に本当の魂が吹き込まれたようにも感じています。

  

   浜通りの病院などが軒並み壊滅的な打撃を受けたのに比べれば、郡山の医療機関が受けたダメージは小さなものであったと言うことができるかもしれません。それでも、診療を継続することが不可能となり職員の解雇に踏み切らざるを得なくなった病院、建物の損壊が著しく未だ診療再開の見通しが立っていない病院などが少なからず存在します。私たちも、損壊部分の修繕ないし建て替えを急がなくてはなりませんが、具体的な検討はまだこれからです。
   そのような状況の中、3月26日に、やはり大きな被害を受けた星総合病院が新病院の起工式を予定通り執り行ったことは、近隣の住民ばかりでなく、私たち医療人にとっても復興への息吹を感じさせてくれる出来事でした。星理事長は挨拶の中で、「震災に遭ってよかったとは間違っても言えないが、職員がこの危機的状況を共有し、一枚岩となってスタートを切れるという点においては大きな意義がある」と話していましたが、私も同じ思いです。

  

   県内の避難所には、現在でも26,000人を超える方々が避難しており、劣悪な環境の中で不自由な生活を送っています。当院でも巡回診療や出張リハビリ テーションを実施していますが、長引く避難所生活は特にお年寄りや子供たちにとって大きな負担となっており、今後医療機関の果たすべき役割はさらに大きな ものとなってくることと思われます。
   依然状況は厳しいですが、私たちは、避難している方々や郡山市民の健康管理と治療に全力を挙げることで、間接的にではありますが、地域の復興のお役に立ちたいと念じています。避難対象区域から郡山にやってきた妊婦さんの中には、当院での出産を決意してくださった方もたくさんいます。生まれ来る子供たちに、希望に満ちた明日がやってくることを願ってやみません。

(2011.4. 7 記)

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